玄光社

関式サロン露出計(初期型)

SEKI'S SALON EXPOSURE METER

 計算盤式露出計として有名なものに,関研究所が1980年代まで発売していた「セノガイド」というものがある。その前身は「関式サロン露出計」というもので,玄光社から発売されていた。ここで紹介するものは,その最初のモデルである。
 この種の露出計は,基準となる光度に対して,天気や被写体の種類をあわせて,適切な露光を求めるようになっている。具体的には,裏面の表(ひょう)で撮影するとき(月,時)の「光度係数」を求め,使用するフィルムやフィルタによって係数を補正し,「光度」を求める。その後,表面の回転盤を操作して,フィルムの感光度と天気をあわせ,光度と被写体をあわせると,基準になるシャッター速度と絞りの組みあわせを読み取れるようになっている。

関式サロン露出計(初期型)の使い方

(例)4月の11時ころ,晴天のときに,DIN 21°のフィルムで明るい風景を撮る。

  1. 裏面の「光度係数」表(ひょう)で,該当する月・時の光度係数を読み取る。
    →フィルタによる補正をしない場合,この値がそのまま「光度」になる。
    ここでは,4月の11時なので,光度は「1/2」となる。
  2. 表面で,いちばん上の回転盤を回し,「感光度」と天気をあわせる。
    ここでは,晴天の日に,DIN 21°のフィルムを使うものとする。
  3. 表面でまんなかの円盤を回し,裏面で読み取った「光度」と被写体をあわせる。
    たとえば,「明るい街路」を裏面で求めた光度1/2にあわせた。
  4. シャッター速度と絞りの組み合わせを読み取る。
    たとえば,絞りF11で,シャッター速度は1/100秒になる。

 「関式サロン露出計」の広告は,アルスが発行していた雑誌「カメラ」では,1938年11月号から掲載されている(*1)のを確認できる(1938年10月号では確認できない)。したがって,その最初のモデルは,1938年11月頃の発売であると判断できる。なおその広告には「新案特許願」という文言が記載されており,1939年9月号では前月までと広告の内容が同じでありながら,「新案特許願」の文字が「新案特許」に変更されている。
 「関式サロン露出計」に関する実用新案として,昭和十四年実用新案出願公告第四二六七号「寫眞用露出計算尺」(出願人 考案者 關實)がある。この図および説明文により,当初は「天候をあらわす目盛盤」に,透明の素材を用いる場合と,不透明の素材を用いる場合とが考えられており,製品としては不透明な素材を用いることになったとわかる。
 その後,1940年3月号の広告では「待望の新型 愈々(いよいよ)完成發賣」という文言がつけられている(*2)ので,この時期に「新型」にモデルチェンジしたと考えられる。「新型」での改良点としては,裏面の光度係数表が地域ごとに3つに区分されて「北緯20°〜30°」および「北緯40°〜50°」のものが付け加えられたこと,「人工光下被写体係数」の表が設けられて夜間撮影にも対応できるようになったとしていることがあげられる。初代モデルと「新型」との区別としては,裏面の地域区分のほかに,表面中央部に「新案特許」という文字がないことで,初代モデルであると判別ができる。


「関式サロン露出計」のおおまかな分類

戦後のサマータイム実施期間中に,そのスタイルを大きく変えるモデルチェンジがあり,関式サロン露出計UA型になった。

*1 アルス「カメラ」1938年11月号 (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1501849

*2 アルス「カメラ」1940年3月号 (国立国会図書館デジタルコレクション)
https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1501865

SEKI'S SALON EXPOSURE METER
測光種類計算盤式
発売1938年11月ころ