ニコン

ピカイチ テレ

Nikon / TWAD

 かつて,望遠レンズや広角レンズを自在に利用することは,特別なことであった。レンズ交換が可能な一眼レフカメラなどのシステムカメラは,おもにプロやマニアが使うものだったのである。
 しかしながら,コンパクトカメラを使うユーザも,たとえば運動会や発表会などで自分の子どもを大きく写したいなどの要望をもつことがあったのだろう。そのために,望遠効果を与えるためのフロントコンバージョンレンズが用意されたケースもあった。ただしフロントコンバージョンレンズは,大きく,持ち運びやつけはずしも面倒である。そのわりには,望遠効果はわずかなものにすぎない。
 そういう問題への回答として登場したのが,リアコンバージョンレンズを内蔵した2焦点カメラである。ニコン「ピカイチ テレ」は,ニコンのコンパクトカメラではじめての2焦点レンズを搭載した機種である。
 レンズは,38mm F3.5と65mm F5.6の切り替え式になっており,ワイド側での最短撮影距離は0.4mで,被写体に思いっきり寄った迫力ある構図も可能である。ファインダー内には3種類のフレームがあり,撮影距離に応じて適切なものが自動的に切り替わって表示されるようになっている,簡易的なパララクス補正がおこなわれるなど,撮影のための配慮が十分になされている。
 スイッチをテレ側に切り替えると鏡胴が繰り出し,後部にテレコンバータがセットされるしくみになっている。このカメラのAF動作は,このように鏡胴が繰り出す機能を利用しているため,非常に細かいステップで制御されていると言われている。なお,テレ側での最短撮影距離は,残念ながら1.3mである。


Nikon TWAD, Body No.---
撮影レンズNikon LENS 38mm F3.5/65mmm F5.6 MACRO (3群4枚/6群8枚)
露出調節プログラムAE
ピント調節アクティブ式AF 0.4m〜∞(WIDE) 1.3m〜∞(TELE)
内蔵フラッシュGN10 (ISO100)電源単3乾電池2本
発売1985年

Nikon L35TWAD (Nikon LENS 65mm F5.6), V100

 たとえばある家に子どもが生まれ,はじめてカメラを買うことがあるとする。そんなとき,いわゆるコンパクトカメラが選ばれることが多いだろう。コンパクトカメラは,複雑な操作を必要とせず,シャッターレリーズボタンを押せば,とりあえず写真を撮ることができるようになっており,価格も比較的安価なため,はじめてのカメラとして選ばれると考えられる。やがて,その子どもが大きくなり,小学校に入って,運動会の日がやってきたとする。両親はきっと,望遠レンズを使いたいと考えることだろう。
 システム一眼レフカメラを使えば,豊富な交換レンズを利用することができるだろう。しかし,コンパクトカメラにくらべて,一眼レフカメラは操作が難しく,価格も高い。また,大きく重い。そんな時代に,「コンパクトカメラでも望遠レンズが使いたい」という要求が出てくるのは自然なことだろう。それまで,コンパクトカメラのようなレンズ交換のできないカメラのレンズに取り付けて使う,アタッチメントレンズが供給されていた場合もある。それを使えば,コンパクトカメラでもより望遠レンズ(あるいは広角レンズ)的な撮影が可能になるが,「扱いにくい」「荷物が全体として大きく重くなる」「あまり安いものではない」という問題があり,コンパクトカメラとしてのメリットがスポイルされてしまっていた。また,一般的にフロントコンバージョン式レンズは,画質があまりよくない。
 そして,簡単な操作でテレコンバータが組み込まれるようなしくみをもった「2焦点レンズ付きカメラ」が登場してきたのである。「ピカイチテレ」の場合,2焦点レンズ付きということでどうしても高くなる価格に見合うようにするかの如く,(ワイド側のみだが)0.4mまでの接近機能,非常に細かいステップのAF制御(メーカー側は「無段階」と称しているようだ)や,簡易的なパララクス補正機能を内蔵させるなど,カメラとしての完成度を高める努力をしていると評価したい。その写りも,シャープで好ましいものになっている。
 この後,コンパクトカメラでもズームレンズ付きのものが主流になってくるが,しばらくは,安価な単焦点レンズ付きのモデルと,やや高価なズームレンズ付きのモデルの中間的なモデルとして存在していた。しかし,単焦点レンズ付きモデルはさらなる低価格化あるいは高級路線化を進み,ズームレンズ付きモデルは価格の低下,コンパクト化,あるいはズーム比が拡大していく傾向を見せるようになり,2焦点レンズ付きカメラは,その存在意義を失っていったと考えられる。